太宰治の『惜別』から
又吉直樹さんの芥川賞受賞により、太宰治が見直されているようです。
『惜別』から抜粋
- 作者: 太宰治
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2004/02
- メディア: 文庫
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難破して自分の身が怒濤に巻き込まれ、海岸にたたきつけられ、必死にしがみついた所は灯台の窓縁。やれ嬉しや、と助けを求めて叫ぼうとして、窓の内を見ると、今しも灯台守の夫婦とその幼い女児とが、つつましくも仕合わせな夕食の最中だったのですね。ああ、いけないと男は一瞬戸惑った。遠慮しちゃったのですね。たちまちどぶんと大波が押し寄せ、その内気な遭難者のからだを一呑みにして、沖遠く拉し去った、とまあこんな話があるとしますね。遭難者はもはや助かる筈はない。怒濤にもまれてひょっとしたら吹雪の夜だったかもしれないし、ひとりで誰にも知られず死んだのです。もちろん灯台守は何も知らずに、一家団欒の食事を続けていたに違いないし、もし吹雪の夜だったら、月も星もそれを見ていなかったのです。結局誰も知らない。事実は小説よりも奇なり、なんていう人もあるようですが、誰も知らない事実だってこの世の中にはあるのです。
しかも、そのような誰にも目撃せられていない人生の片隅に於いて行なわれている事実にこそ、高貴な宝玉が光っている場合が多いのです。
大昔に読んで、心が震えた場面です。
また、久しぶりに読んでみようかな。
今日もいい1日でありますように。